「しょんぼりな真実」(『食の安全と環境〜「気分のエコ」にはだまされない』感想)

 その昔……「クジラと会話したジョン・C・リリー教授を囲む会」というカウンターカルチャー系のイベントに出かけたら、初対面のひとに「むいむいさんはエコロジーとか嫌いでしょう」とニヤニヤしながら言われたことがあります。ひ、酷い……。
 そりゃー、エコよりエロが好きですが(ベタ) 顔に「エコ」「非エコ」とか書いてあんのかよ?!

 そんなエコ知らずな私に、「エコと暮らし」について理論的、かつスッキリ教えてくれたのがこちらの本。
 すんごいわかりやすく、かつ、しょんぼりさせる真実に溢れた本です。

 サブタイトルからしてわかるように、エコ讃美ではない。
 でも、だからといって「エコなんて無駄」とも決して言わない。←ここ大事。

 具体例がすんごい面白いので、以下、畳みます……

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ミス・シャープ発見

 通勤のときコニー・ウィリスの「犬は勘定に入れません」(ハヤカワ文庫)を読んでいましたが、ようやく読了。
 もー、遅ればせすぎる。

 未来(2057年)とヴィクトリア朝(1888年)をいったりきたりしてのユーモアSFラブコメ(ミステリあり)です。
 ヴィクトリア朝なのでホンモノの執事が活躍した時代なんですが、ジーヴズそっくりの執事が登場してトクした気分(笑)
 タイトルはジェローム・K・ジェロームの「ボートの三人男〜犬は勘定に入れません〜」からとったもので、ほかにもウッドハウスの「ジーヴズ」シリーズやセイヤーズの「ウィムジイ卿」シリーズ、クリスティやホームズ、もちろん、シェイクスピアからテニスンから盛りだくさんに引用されていて、しかもそれが謎解きのヒントになっている、という、御念の入りよう。
 そのほか、わたしにはサッパリわからないけれども、ほかにもイギリス人おなじみのキャラクターが登場してるんではないかと思いました。
 で、わたしも一人見つけましたよ!
 その名もデルフィニウム・シャープ嬢。
 ひょっとして、シャーピーの子孫じゃないかしらん、と思わせるキャラなんですよ(いや、シャープは架空なんだけども・笑)。本当にちらっとしか出てこない脇キャラなんですが。
 「あのシャープ」と関係あると思った理由は、その数少ない登場シーンの描写から。

「……グレイのドレスを着た、鼻の目立つ若い女性だった。大きなバスケットを携え、ライフルの銃声のようなカッカッカッというスタッカートの鋭い足音を響かせて、身廊を主教の鳥株のほうに歩いてくる。……」(『犬は勘定に入れません・下』186頁)

 いくらなんでも足音に「ライフル」は強引ですよね(笑) ちなみに、このあとの一文でも「シャープ嬢はきびすを返し、ライフル射撃の足音で身廊を引き返してゆく。」と、だめ押ししてあります。
 それから「鼻の目立つ」というところも、シャーピーっていうかショーンっていうか。
 「ライフル」で「シャープ」ときくと口許がゆるんじゃう人はイギリスにたくさんいるんじゃないかなあ。

 そうそう、キャラと言えばあと一人、ベルギーのチョコレート屋さん「ゴディヴァ」のマークになった、ゴダイヴァ夫人が出てきます。

 そういうわけで、この小説には色んな小ネタが散りばめてあって、わかるひとに目配せがきいてるんだと思います。ネタがすべてわかるひとがうらやましいぜ。
 始めチョロチョロ……な、のったりした文体(ウッドハウス調?)で始まりますが、後半怒濤の展開でとっても楽しめました。

 さて、わたしの原稿のほうですが、半分まであと少しです。来週、再来週は土、日も出勤して仕事の予定なので、ドキドキです〜。

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「草食性男子」ときいて思い出した小説

 「草食男子」って、昔からいたんじゃないのかなあ。珍しいか、ソレ?ってな感じですが。(※草食男子、の方が、草食動物のアナロジーとして意味が通りますね。間違いました、すみません)(※追記その2:「草食系男子の恋愛学」っていう本があるので、「草食系」もしくは「草食」なのでしょう。ネーミングの勝利ですね)

 ま、草食なひとの気持ちはわからんでもない。

 自分がやりたいこと中心で生活できればいいじゃない? 他人に勝たなくちゃとか、カノジョつくらなきゃとかいうことじゃなくて。
 仕事でも勉強でも趣味でも、好きなことは一所懸命やるけど、それって競争じゃないし。
 それに女の子ってさ、可愛くても、「あんた、バカァ?」とか言ったりするし、「小さい」「早い」「下手」とか文句言うし、「プレゼントが粗末」「記念日おぼえてない」「メルにレス遅い」とか要求ばっかりだし……的な。
 今は以前よりはるかに自己充足できる環境なんだろうと思うんです。
 昔からいっぱいそういうひとはいたと思うんだけど。増えたようが気がする、っていう、要するによくあるオヤジの「昔はよかった」理論の一つじゃないのかな? 
 「おとなしく親戚の世話してくれた嫁をもらって淡々と働くおっさん」て昔からいて、ちゃんと生きてるからいいじゃん。

 で、そんなわたしがより深刻だと思うのは、昔もいたし、今もいる「マザコン」。ていうか、「ママに甘やかされた人間関係を基準にしてしか、人と接することのできないヤツ」。

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「犬が星見た」

 言わずと知れた武田百合子さんの旅行記。
 夫である武田泰淳とともにソ連の中央アジア地域とヤルタ、レニングラード(現・サンクトペテルスブルグ)、モスクワ、北欧をめぐった旅の記録です。
 昭和44年(1969年!)というから、外国旅行が珍しかった時代。何よりも、旧ソ連ですよ、奥さん!(奥さんて、誰?)
 百合子さんといえば、「富士日記」「日々雑記」など書くもの書くものどれも大好きなひとなのですが、どういうわけかこの旅行記を今まで手に取らずにいました。
 もっと早く読めば良かった!

 「犬が星見た」というタイトルは、犬が夜にぼんやり空を見上げている光景を見たことがあって、星を眺める犬のように物事を眺めてみよう、という気持ちからつけたのだそうです。
 こんなカッコ良すぎる表現がぴたりと嵌ってるのが、この旅行記の素晴らしさ。
 知識や教養を披瀝するような部分はまったくなくて、虚心坦懐に、ものごとの本質を見てかいた文章が胸を打ちます。

 まず、出だしからしてスゲーです。
 ハバロフスクに向かう船中、夫に「百合子。面白いか? 嬉しいか?」ときかれて「面白くも嬉しくもまだない。だんだん嬉しくなると思う」って答えてます。
 なんて、漢らしい……。
 というか夫婦の間で「社交」をしない百合子さんがカッコイイです。「相手を喜ばせるだろう適当な答え」というような言葉は発しないわけですね。気持ちを素直に言葉にするなんて、大人になるとなかなかできないことじゃないでしょうか。

 ソ連について汽車に乗ると(汽車なの。蒸気ではないと思うけど機関車が客車を牽いているやつですね)、車窓風景をみてこんなことを書いてます。
「原野というのかな。湿原というのかな。原生林というのかな。名所旧跡ではない、名前のつかない、ぼおんやりとしたこういう景色が私は好きだ。」

 ウズベキスタンで遊牧民の包をたずねたときの感想も、なんだか彼女らしい。みなは記念写真を撮りまくるのだけれど、百合子さんはそういう気持ちになれなかった。

「バスの中では、うんとトクをした気分になろうと、確かめ合っている。運転手も得意そうだ。
 うまくいったのだろうか。よかったのだろうか。こういう見物をしても、私にはそういう感じがない。包の暮しは、ごく当り前のような、ちっとも珍しいものではないような、ずっと前から判っていたような気がしている。ずっと前に私もしていたような気がする。」

 うーん、なんかこういう気持ち、わかります。確かに向こうも観光客慣れして応対してくれているんだけれど、やっぱりよその家にあがりこんでいる身の置き場のない感じ。でも、旅先だと感激しないとモッタイナイような気がしてしまうこともあるじゃないですか。今だって行くのがめんどくさそうな場所ですよ。
 さらりと書いてしまう百合子さんて、すごいなあ。

 彼女の文は、とてもあっさりとしていて簡潔なのだけれど、擬音、擬態語の使い方が独特でとても効果的です。
「鉄線の紫の大輪の花が、朝顔のように、やたらにぽかぽかぽかぽか咲いている。」「いらいらいらいら自転車をこいでいる人がいる。」
 特に「いらいらいらいら」は、大きく揺れる自転車(きっとタイヤの空気が抜け気味で、漕いでもはかどらない)、乗っているひとが懸命に漕いでいるかんじがよく出ている。「イライラ」でも「苛々」でも「ゆらゆら」でもない絶妙さ。
 平明にしてユニークなので、つい、文体がうつってしまうので読んだ直後は要注意。下手に真似するとカッコワルイ。でも、やっぱり素敵な文体。

 ツアーの同行者には、とてもいいキャラのおじいさんがいました。関西から来た80歳の銭高老人です。
 読んでいると、百合子さんと同じように彼のことが好きになってしまいます。
 銭高老人の口癖は 「たいしたもんじゃ。えらいもんじゃ。ロッシャはたいした国じゃ。わしゃ、よう知っとった」
 しばらく私も「ロッシャはたいした国じゃ。わしゃ、よう知っとった」と連発してました(笑)。

 最後に、ものごとの本質をさらりと言ってしまう、武田泰淳と百合子さんの会話を引用します。やはりタダの旅行記ではありません。

「旅行者って、すぐわかるね。さびしそうに見えるね」
「当たり前さ。生活がないんだから」

 旅行にいつもつきまとう心細いような気分。それも含めて旅情なんですが、あの独特の感じを言い表してます。それを書き残す百合子さんは、すごい。(思わず馴れ馴れしく「百合子さん」なんて呼んでしまってます)

旅好きでない私にも「旅日記を真面目につけよう」と決意させる名著。

あの頃の生活には「厚み」があった、と錯覚させる名文。

 そうだ、数カ所「腐」なところがあったからメモっておきますね。(わざわざ畳みます・笑)

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きれいなもの

 いつのまにか寒くなってしまいました。冬です。
 寒がりの暑がりのわたくしですが、雪は好きです。雪かきをしなくちゃならないのは無間地獄ってかんじでメンドイですが、それでも雪はきれい。

 

 って、ことで、きれいな本をぺたり。
 とても美しい雪の結晶の写真がどっさり載っていて、しかも、どういう条件でこういう形になったかという解説つき。
 雪って、水蒸気がイキナリ凍ったものなんですって。そして、雪が溶けるときも水滴にはならず、直接水蒸気になるんですって。この昇華・凝結をくりかえして、水蒸気は雲の中で短時間で結晶になるそうです。たとえば結晶のうちナイフの刃のように薄くなった部分は成長が加速し、そこから「枝」が伸びるんだそうです。その複雑な分子の振る舞いの観察、検証は今も続いているそうです。
 謎がすべて解き明かされることはなくて、新たな謎が増えていく、っていうのはロマンじゃないですか。理系ロマン(笑)
 巻末には雪の観察の手引きも載ってるので、きっとスキー場にいくときにルーペを持っていきたくなるでしょう。軽装版だから、携帯にも便利v
 眺めているだけでも面白い本です。「ほわー、きれーい」とうっとりできます。室内で本を読んでいる分には寒くないし。
 追記:カゼをひいたので布団の中でながめてました。ちょっとだけ読んで寝る……起きてちょっとだけ読んで寝る……の繰り返し。

 子どもの頃、雪の結晶をみるのが好きでした。視力がよかったんで肉眼でも結構よく見えたんですが、やはりルーペや顕微鏡を使うべきだった(今頃気付くな)。興奮しすぎて鼻息が荒くなると、溶けちゃうので注意(笑)
 この本を書いたケン・リブレクトさんのホームページは雪の結晶のオンパレードです。
 フリー素材の雪の結晶壁紙もあるので、この季節は人気がありそう。(夏に壁紙にすると涼しくていいかも)

 雪の研究の先駆けとして、世界で初めて人工雪をつくったのは日本人だったんだそうです。中谷宇吉郎さんというかた。雪に取り憑かれたひとです。

 

 と、いうわけでこういう結晶がきれいな形になるのは、シベリア上空で「ありがとう」とか「天使」とか「きれいな言葉」をかけられたからではないのですが、身近なひとが「きれいな言葉できれいな水の結晶」とか口走ったら、たとえばこちらのページを読んでみたらとすすめてみてください。

「水からの伝言」を信じないでください http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/

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「誰も寝てはならぬ」

 サライネス(以前はペンネーム、サライイネス、っていうてはったけど変わった)の「誰も寝てはならぬ(7)」が届いたので、読む。
 もともとこの人の「大阪豆ゴハン」(講談社漫画文庫で全6巻)が大好きだったので、場所を東京は赤坂に移しただけで似たような感じになるのかしら? ……と思ったのですが、あくまでも別もので、かつ面白くなりました。

 オオサカのオモロイ人図鑑だった「豆ゴハン」に比べ、ホれたハれたの話をメインにして、それなりに困ったチャンは出てきてもさらっと下品にならずにまとめたのが「誰寝」という感じ。もちろん、猫の話やオモロイ人話も満載で、相変わらず情報過多(笑)
 そういえば友達が言っていた「台詞が手書きから写植になった分、文字数が多くはいるようになって、読むと眼が疲れる!」って。

 おもわず真面目に読んでなかった前の巻(1〜6)を一気再読。
(こういうことをするから眼が疲れるわけだ)
 途中ゲラゲラ声を出して笑ったり、それを隣にいる猫にうるさそうに尻尾を動かされたりすること数回。
 この人の描く猫の行動描写は、いかにもありそうなんですが、印象に残ったのをひとつあげると、「誰寝」の主要人物が勤めるオフィスの見習社員(マキオちゃんという)が、先輩の猫に威嚇されっぱなしで、ちっともなついてもらえなくて、「俺じゃあダメかなー」とか猫相手に泣き言をいっていたら棚の上にいる猫にポスッと前脚で頭を押さえられた、というもの。
 なんか猫に「ま、がんばれ」と、見下されてるかんじ……。実際、猫ってこういう動きをするんだ。その状況次第で解釈は変わるんだけど、猫に上から見下ろされるのは感じ悪い(笑)
 あと、ユンボ(というか工事用重機全般)好きで、ユンボで遊ぶために田舎に友達と土地買った人の話とか「好きで好きでたまらなくて暴走する人たち」の日常が楽しい。
 やっぱりやりたいことやってナンボ、笑いもとれるんや、と思ったことでした。サラ節(節ちゅーのは似合わんか)、サラ・タッチ健在♪
 「豆ゴハン」からは「よう遭うオッサン」が引き続き(?)キャラとして登場してます。なんせ「よう遭うオッサン」なので、東京にいてもおかしくないのだ(笑)

 

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湿り気

 先日、雨の中国山地をバスで通過しつつようやく「ダークタワー」(第1巻)を読み始めました。
 荒れ果てた大地を微かな痕跡を残す「彼」を追って果てしない旅を続ける主人公。
 渋い。

 ……で、読書の合間に雨の降る河辺をながめたりしているうちに、日本ぽいものも読みたくなってきました。家に帰って一行も読んでいなかった「富士に立つ影」(1巻)を引っ張り出す。
 ……いや、だがしかし、読み始めたらノンストップという噂のキングと、第3巻まで主人公が出てこないという白井喬二では同時には読み進められるのだろうか?
 乾燥と湿潤気候、ものすごいギャップ。ある種の実験。

 これからそれぞれの本について、雄叫びみたいな一言感想をメモするかも。

 今のところ暗い塔の方がいいかんじに進んでるので、こっちが落ち着いたら富士を読もう。
 先日、思いつきで(いまさら)ドストエフスキーをどっさり買い込んでしまったし(だって、「悪霊」とか萌えるっていうんだもーん<バカ)、ああ、積ん読が増えていく……。

 ところで、今朝、友人の日記を見て思い出してタニス・リーの本を数冊密林で注文。
 おお、ヴァーチャル・ヴェニスのシリーズは面白そう。かっこよい。
 そして奇想コレクションの「悪魔の薔薇」も微妙だけど、ルルル文庫のこのあたりの装丁にびっくり。
 ルルルだからなおさらなんだろうけども、「耽美」の「た」の字もないっちゅーか。以前はリーといえば「耽美」の代名詞だったのだがなあ。今じゃ耽美で本買うひとはまれだろう。
 このご時世、本買う人がいるだけ有り難いってことで。そういうイマドキのお客には本を読むことに関するトキメキとか憧れはあんまりなくて、たとえばテーマパークに入場する感覚なんだろうな。お客様は神様です。(憧れが行きすぎると「今日の早川さん」でパロディしてるような、ちょっと鼻持ちならない、でもかわいい読書人になる?)
 あと翻訳が馴染んできた浅羽莢子さんや辻井朱美さんではないのだけど、どういうのでしょうねえ。楽しみなようなこわいような。
 まあ、ルルルでうっかり入って、タニス・リー世界にハマってくれればそれでよし。うひひ。明治は遠くなりにけり(違)。

 ……どのみち、私みたいな本をほとんど読まない人間の言うこっちゃないですね(笑)

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広岡達三の短編小説

 いしいひさいちの単行本「ホン!」を読みました。

 いしいワールドの作家たちの4コマと、広岡さんのお手伝いさんによる書評漫画はいつもどおり楽しい。作家ってのも大変そうです。

 なかでも素晴らしかったのは広岡センセイの短編小説「広岡達三コレクション」が4編も載っていたことです。よくつくってありました。
 なんか売れない純文学ふうの描写、言葉遣い満載で、すごーく「ぽい」感じでした。
 連作短編で同じ世界を舞台にしている話です。一応一編一編は完結してますが、内容的にはないんですよ。その「思わせぶり」が、ほんとうに「ぽい」。
 ふふふ。なんか得した気分。
 広岡達三ファンの人は必読。

 ……あ、結局、冬の原稿のメモは少し進んだけど、まだ書けない。がくし。

 あと、某さん激萌えの「近所にお買い物豆パパラチ写真」ようやく見ました。服が酷いのもアレだけど、安全靴にしか見えないスニーカーとかどうよ。そして手に提げたビニール袋の中身! 予想通りスポーツ新聞、ロング缶のビールひとうち、あと、手には煙草。完膚無きまでのオッサン。さすが期待を裏切らない男。サイコウ。
 でも、これだけ酷い格好してても素体がいいとかっこいいのよ。身のこなしとかも違うのでしょう。ああ、格好いいぜ畜生。おされ写真もいいけど、こういうのもいいんだよな、ち。
 パパラッチはいやな連中だと思うけど……くそー、時々恩恵にあずかってしまう身としてはなあ。ううむ。
 あと、オッサンがジップアップが好きだ、というのは納得しました。わかった、何枚でも同じようなの着ておけ。

※ちなみに画像はこちらで見られますが、落ち着いてみると、今回、ジップアップが薄い色目ということもあり、毛玉もできてないし型も崩れてないし、ひょっとしたら割と上等なものかも知れないという気がしてきました。Oさんが「ポケットにいっぱい入れてそう」と論評されたカーゴパンツも、そんなに酷いものじゃないかも知れない。それからキャップをかぶってるのは髪の毛をとくのが面倒だったからかなと気づきました。ありそう。……そうか、普段着も全てええもん揃えておけば、身なり構わなくてもなんとかなるもんね。あとは、メイキングで練習着(?)の襟が伸びきったTシャツとか色が褪せたトレーナーとかそういうのを着てしまうのさえ防げれば……。
 いや、別におしゃれじゃなくてもいいんですよ。「あちゃー」と思わせなければ。うん。いや、だがしかし、英国男児たるもの着るものにかまけていてはいかんのか? あえて反オシャレなのか?

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やっぱりしりあがりさんて「マトモ」

「オヤジ国憲法でいこう!」(しりあがり寿+祖父江慎 理論社)

 読むぞ、という決意のもとに買ったわけでもない一冊だけに、ちょっとキいた本。

 結論から言うと、「やっぱり、しりあがり寿はマトモな人でソンケー」ということです。
 すごいよね、ここまでちゃんと常識人でいながら、どかんと「真夜中の弥次さん喜多さん」なわけだから。わたし的には「コイソモレ先生」も忘れられない名作ですが。

 ともあれ、「狂気」なんて信じてないマトモっぷりがすごい人です。

 言うまでもなく、根っからの常識人(の、つもり)のわたくしは、とても自分がつまらない人間かも、というのがコンプレックスだったのですが、実は「ちゃんと常識人」であることのほうが大変レアで格好いいということが、この本をよんだ結論です。

 そんでもって、「心は何時までも少年」だの言っておいて、次は「かわいいおばあちゃんになりたい」とか飛んでしまって、オヤジ(大人、ちゅか中年?)のしんどさを避ける傾向にある皆さんへ向けて、啓蒙というようなかんじでなく、あくまでもソフトに(もと広告宣伝部担当らしく)呼びかける本です。
 ハナっから「妖怪じみた中年女になりたい」(てか、既になりつつある)と公言してはばからないわたくしには、あまり必要のない本なんですが(笑)、まあ、どうしてしりあがりさんのことが好きなのかが自分で納得できました。
 一応、「ヤング向け」に書かれてるらしいので、もはやヤングでない私には、ますますアレですが面白いです。

 たとえば、「第2条 友達ハ大切ナモノニアラズ」の一節。

 「友達は、楽しく利用し合えばよい存在である」

 ま、あったりまえっちゃ当たり前だけど。はっきり言う大人は少ないよな。
 こっから随分長く引用します。
 私の感想よりはおもしろいから(おい)。

「大人は気づいているのだ。『友達って、言われてたほど大切なもんでもなかったな』ということを。(中略)ワガ子に『打ち明け話ができて、気持ちを楽にできる関係の友達』のひとりもいないとなると、オマエはいったいどうなるんだと、トーサンは心配。でも、無理やりつくれるものでもない。むずかしさ。」

「誰かずーっと一緒にいなくても、同じ事で楽しみたいひとがその場その場で集まって、貪欲に楽しみ、また三々五々、自分の行きたい方向へ解散してゆく」

「サボリは二人だと、うまくできるものであった。
 ひとがお互いを利用しあうとは——けっこう、じわじわとおかしくって、そんなに、悪いことばかりではないものである。
 そして、いつかはサヨナラする友達。それもステキだって思いませんか。」

 ……はい、ここまで引用ね。

 マトモな人はこういうことを言う。
 そんでもって、意外に「大人」でこの辺、わかってない人が多いんだろうな。
 なるほろ。それで揉めたりするわけだ。

 正気であること。素面であることは、とっても大切だと思います。
 もちろん、そういうのを拒絶する人だっているわけですが。
 モンダイなのは、自分がどっちなのかのわきまえがない人なんじゃないかと思う今日この頃です。


 ともかく、なんか「友達は、楽しく利用し合えばよい存在」ってところが今週のキーワード。
 これで一本SS書けちゃうような、そんなツボを押された。
 

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はっちゃん

 今日はまともっぽい日記。

 おすすめ猫写真集

 「はっちゃんち。」
 (八二 一 :著 、青心社)

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 我が家の駄猫によく似た猫のか~い~写真集があるよ、といただいたもの。







 たしかにうちのに色目はそっくり。
 白黒の配分だけでなく、ぽってりと「たれ猫」(*注:座るとお腹が前脚よりも前方にたれっとたれてるようなデブ猫を、かわいらしく表現した語)なところまで。
 しかし、この写真家さんちの猫は非常にすぐれたモデルで、実にひねくれたところのない表情を見せてくれるのでした。
 猫の写真を撮るのは難しいです。
 背景を片づけなくちゃいけない、ということだけでなく(笑)、猫がカメラを構える人に飛びかかってこないように囮になる人とか物が必要だったり、面白いポーズを撮った時にすぐとれるように常にカメラをスタンバっておいたりしなくてはならないようです。
 うちのにはコンパクトカメラの紐を5度も噛み切られているので、それだけでもげんなり(半笑)。
 紐に襲いかかってこないように、紐を外して、そのほか猫の注意を引きそうなものはカメラおよび自分からはずして撮らなければなりません。ちなみに私の携帯はカメラが低性能なのでブログにのせるのもおぼつかないシロモノです。やはりデジタルカメラを買うしかないんでしょうか。便利で簡単だからね。でも光学カメラも好きなんですが。ぶつぶつ……。
 
 猫が撮りたいポーズをする→カメラをケースから出す→スイッチをいれる
 ……ていうのでは、撮れません。
 猫がポーズをしたら、次の瞬間には撮ってるくらいでないと(無理)。
 そんなわけで、「うちの猫に似た猫だから」とか無意味なことを言ってひとにこの写真集をみせたりしてます。(本当に無意味)

 でも、この「はっちゃんち。」とシリーズの「はっちゃんて、」「はっちゃんだらけ」は、本当にかわいいです。
 猫がリラックスした表情が堪能できます。
 そして撮っているひととの楽しい生活もかんじられます。
 元は公園猫だったはっちゃんが、飼い猫になってなじんでいくさまが、手放しの猫バカよりは抑制したかんじで(でも猫バカ)写真に添えられたコメントでよくわかります。かわいいだけでなく、猫も一所懸命生きてるんだな、とじんとしたりもします。
 猫好きだけでなく、おすすめです。
 わたくしに似合わない、と、非難されるのを承知で「かわいい」と連呼してしまいましたが、本当にかわいいですよ。
 
 八二一というのは個人名じゃなくて、写真家ユニットの名前。
 はっちゃんと八二一さんについて詳しく知りたいかたは、こちらを参照。

 http://i821.com/

 「はっちゃん日記」ではっちゃんの動静が分かります。

 うちの猫(名はハンス)の動静をついでに書きますと、今日、わたくしが帰宅しましたら久しぶりに電話機の受話器を外して、保留音を鳴り響かせていました。
 電話イタズラすなー!
 
 てか、そのうち、勝手にテレビショッピングでラテラルサイトレーナー(→こんなの)
main
とか注文されたらいやだな。





 あれ、また、アホ日記になってしまった。

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